カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作『淵に立つ』では 、数々の主演女優賞を受賞。『よこがお』で芸術選奨文部科学大臣賞映画部門等、『波紋』では日本映画批評家大賞主演女優賞を受賞。NHK連続テレビ小説『花子とアン』『虎に翼』に出演する等、国内外で高く評価される名優、筒井真理子さん。11月22日より公開の佐藤慶紀監督作品『もういちどみつめる』で主演を務める筒井さんに、試練の時に心の支えになったことを伺いました。
演劇を始めたきっかけは?
大学生の時につらいことがあって、暫くクラスに戻りたくないような気分になりました。そんな中、鴻上尚史さん率いる第三舞台が、大隈講堂の前でテントを立てて公演していたんです。初演の芝居を見て、ここに入ろうと閃き、「入れてください」って本番中に楽屋に行ったら、とにかく落ち着けって羽交い締めにされました(笑)。
日を改めて、早稲田大学の演劇研究会の門を叩くことになりますが、私が入部したのは7月で、すっかり出遅れたタイミング。新人公演があったのですが、演目も配役も既に決まっていて、文字通り私の出る幕なんかないわけです。幸運なことに出演させてもらえたんですが、手を振ってにこにこしているだけの通行人の役。でも、不思議なことに演技だとしても舞台の上で笑っていると、つらいことを忘れられるんです。
第三舞台って3分に1回笑わせるという劇団なので、エチュードで大喜利みたいなものをさせられ、面白くないと駄目出しが入ります。それに加えて、打ち上げの時にはひとり一芸をやらされるんですよ。そこで面白くないと、次に渡される台本で、台詞が減ってしまいます(笑)。
面白いことを一生懸命考えて披露すると、先輩方が笑ってくれる──その反応が嬉しくて、つらいことがきっかけで、第三舞台の門を叩いたのに、いつの間にか人を笑わせることに没頭していました。今思えば、そうやって俳優という仕事に夢中になっていったんでしょうね。
試練だったことは?
第三舞台を辞めた直後、『男ともだち』という映画で主演を務める好機が訪れました。映画に出るのははじめてのこと。映像として残すと、皮膚感や呼吸まで伝わる素敵なメディアだなと思いました。でも、ラッシュという編集前の映像での自分の演技を目の当たりにして、「何も伝わっていないかも。こんな演技じゃ駄目だ」って落ち込んだんですよ。翌日も撮影なのにこのままでは現場に行けないという有様。
どうにかしなきゃと思って撮影所近くのマッサージ屋に飛び込んで、身体だけでも元気にしようとしました。そこで施術してくれた方に、「何でもいいから私を褒めてください」ってお願いしたのを覚えています(笑)。それほどナーバスになっていたんでしょう。 それでも映画が仕上がった時には、スタッフさんが音声や映像を整えてくれて、監督を始め皆さんの力で何とか作品の中に俳優としての私が存在出来ていました。
心の支えになったことは?
とある映画を見に行った時、「この役を演じていたかもしれない」と直感したことがあります。今では名作と称される素晴らしい映画でした。後からわかったことなのですが、最初にその役がオファーされていたのは私でした。ところが、当時の事務所の手違いでお断りしていたことがわかったんです。それがとてもショックで……。
日々努力を重ねているのは、これだという役に巡り会った時のため。やり場のない気持ちを胸に抱えながら過ごしているうち、朝、ベッドから起き上がれなくなってしまいました。その役に抜擢された方の演技は素晴らしくて、作品にとってそれがベストだったと理解は出来ているんですが、身体が思うように動いてくれない。
このまま自分が気持ちに負けていたら、本当に未来まで駄目になってしまうと、気持ちを切り替えました。たまたま仲のいいTVのディレクターがシナリオを書いてみたらどうかといってくれていたのを思い出し、這うようにして机に向かい、シナリオを書き始めました。脇目も振らず必死に書き進め、そうやって夢中になっているうちに元気を取り戻すことが出来ました。
さらに、私が出演を逃した映画には親しい友人が出演していて、オファーがあったのを知らなかったと話したら、監督に伝えてくれ、それが後に次の作品の出演に繋がりました。シナリオの執筆を勧めてくれたディレクター、話を聞いてくれた俳優仲間──そうやって気にかけてくれた方々の力があって立ち直れたんだと思います。
俳優の木野花さんが恩人だとか。
木野さんも、私が試練にあった時に支えてくれた大切な方。自分の芝居に迷っていた時に出演した舞台で演出をされていたのですが、ずっと怒っている役を、私に与えてくださったんです。私の自信のなさが伝わったのか、敢えてのキャスティングだったそうです。
ところが、それまで日常で怒ることが少なかったこともあり、怒りを上手く表現出来ない。何度やっても駄目。すると、本番期間中の稽古で木野さんが客席まで降りて、舞台に向かって大声で叫んで、発破をかけてくれたんです。木野さん自身もその舞台に出演されていたから、本番前は喉を大切にしたいはず。愛情以外の何ものでもないですよね。このままじゃ木野さんの声が枯れちゃいそうで、「出来ないなんていっている場合じゃない」。そう思った瞬間、抑えていた感情が解き放たれたように、私はその日の舞台の上で、自然と怒っていました。舞台を終えた後、舞台監督が「今日はよかったね」と声をかけてくださったのですが、全てを出し切った私は倒れこんでいました。あの日を境に、何かが少し変わった気がします。
読者にメッセージを
私が今回主演を務める映画『もういちどみつめる』の主人公・典子は、人の表情から悲しいとか嬉しいとかの感情を汲み取れない女性。心を閉ざして、感情を上手に表現出来ない孤独な少年と、感情を汲み取ってあげられないけど、必死にわかろうとする女性との交流の物語です。典子は自分から働きかけて、言葉で表してくれないと、私には気持ちがわからないんだと、必死で伝え、相手の気持ちを一生懸命キャッチしようとします。
皆さんも、自分が感じる不安や悲しみ、周囲の方への感謝や愛情などを、誰かに伝えてみて欲しいです。私もそうやって感情を表現したことで、暗い気持ちから抜け出せた経験があるので、きっと心が癒されるはず。特に笑うことは私にはとても大切なことでした。
それでも落ち込んだ気持ちのままだったら、主治医の先生や看護師さんに「ちょっと落ち込んでいるから褒めてください」って私のように頼んでみてはどうでしょうか(笑)。時には自分から周囲の方を褒めたり、温かい言葉をかけたりすることで、誰かの心が明るくなるかもしれません。
取材・ゲスト:
俳優 筒井真理子